身だしなみについて
高校生がこんなことをいうのは少々生意気かもしれないが、僕は美意識というものを常に高い状態で保とうと努力している。美意識を高いレベルで保つことは確かに疲れる時もあるが、メリットの方が多い気がする。
今回は、身だしなみを整えることのメリットとデメリット、そして僕が身だしなみを保つためにしていることについて紹介したいと思う。
まずメリットについては、気持ちがきちっとするという点が一番大きいと思う。体を清潔に保ち、服装や髪型を整えることによって、気持ちのオンオフの切り替えができる。僕は何もない日でも、朝から身だしなみを整えるようにしている。そうすることで、ダラダラと過ごす時間が減るし、色々とやる気が出てくる。環境から入っていくというのも時には大事だと思っている。
気持ちがきちっとするという点以外にも、身だしなみを整えることで得られるメリットは他にもたくさんある。例えば、相手の自分に対する印象を少しだけコントロールできるという点だ。特に服装などでは、自分が普段どのような生活をしているか、どのような思想も持っているかなどを相手に印象付けることができると思う。もちろん服装は表面的なもので、内面的なものの方が重要視されることは間違いないが、自分のキャラクターを身だしなみで少しでも見せると、その後よりスムーズに関係が築けていくのだと思う。
とはいえ、身だしなみを整えることのデメリットもある。それは、疲れるということだ。普段身だしなみに気をつけている人でも、日々のわずかなストレスの積み重ねで、「どうでもいいや」となげだしてしまった経験は少なからずあると思う。やり方を間違えてしまうと、逆に精神的負担になる。では、どうすればそのような状態に陥らないか。
それは、完璧を求めないことだと思う。「この世に完璧など存在しなくて、自分のできる限りのことをやればいい」と考えれば、身だしなみを整えることに対して、ストレスを抱くことはなくなると思う。また、他人と比べないということも大事だ。自分の下を見れば無限に人がいるし、上を見ても無限に人がいる。下を見たら優越感、上を見たら劣等感を感じると思う。でもそれは一時的な感情であって、何にもならないと思う。そんな無意味な時間を過ごすよりも、もっとやるべきことがあるだろう。
今回紹介した「完璧を求めない」「他人と比べない」という思想は、僕の人生でも軸となっている思想の一つだ。これはあらゆることに言えることで、とても大事なことだと思っている。
最後になるが、僕はここ1年で身だしなみに対する考え方が大きく変わった。前までは、他人にどう見られてもあまり関係ないという考え方だったが、自分を表現する一つのツールとして、身だしなみを整えるという考えになった。
おっさんが身だしなみを丁寧に整えているのを見るとカッケェと感じる。僕もそんなおっさんになりたい。
【小説】アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂 幸太郎
伊坂幸太郎は僕のお気に入りの作家の一人。この「アヒルと鴨のコインロッカー」は、「重力ピエロ」と「グラスホッパー」についで、僕が好きな作品だ。様々な問題が提起されていて、とても考えさせられることが多かった。また、物語の後半では予想を裏切られる展開もあり、ストーリー性もとても良かった。
今回は三つほど、印象に残ったことを書いていきたい。
一つ目は、ブータンにある「死んでも生まれ変わるだけだって」という思想。この楽観的過ぎると思われるこの思想は、意外と重要なことなのかもしれない。「死んでも生まれ変わるだけ」という考えを持つことによって、意識が保守的じゃなく積極的になれるし、周りに気を使うことができる。それ以外にも様々なメリットがあると思う。でも、「死んでも生まれ変わる」と言われて、信じることができる人はいないと思う。その言葉を進行するには、それなりの根拠がいると思う。僕も根拠がないことは基本的には信じることができないタチだ。でも、これに対する根拠を僕はあげられない。だから、これはたまに思い出す程度の言葉として、覚えておくのがいいと思う。(他人に優しくしたいときなどに一時的にこの言葉を信じる。そうすると気が楽になる)
二つ目は、ドルジが河崎という偽名を使って、日本人であると偽っていたことだ。これは、日本人が外国人に対する排他的な意識を持っているということの表れだ。もちろんこれは物語上の話だけれど、現実として、まだまだ日本人は外国人を受け入れていない感が残っていると思う。僕個人の意見として、日本人は白人よりも黒人に対して差別意識があると思う。僕はインターに行っていた経験があるが、その時は何の差別もなく暮らせていた。社会全体がそのような環境になるように尽力していきたい。(何をするという具体的なことはまだ決まっていないが)
最後は、動物虐待だ。この物語でも、動物虐待の悲惨さは十分に伝わると思う。動物虐待の現状はよく分からないが、僕には、動物を痛めつけて快感を得ている人の気持ちが本当にわからない。何がどうなってそういう思考回路になるのか逆に興味があるくらいだ。批判をしようと思えばいくらでも出てくるが、この辺にしておく。この物語では、ペットについてもいろいろな場面で触れていて、ペットを欲しくなった。一人暮らしになったら、一匹おとなしい犬を飼うのもいいかもしれない。
これまで、僕の印象に残ったことを少し掘り下げて書いてきたが、この物語は起承転結がしっかりしていて、すっきりと終わりを迎えられた。また、ページ数もそこまで多くないのでさくっと読める。今回で二回目だが、今後気が向いたらまた読んでみたい。
【小説】すべてがFになる 森 博嗣
僕は普段あまりミステリーを読まない。村上春樹や村上龍などの思想的な小説を多く読む。おそらく、ミステリーは大体予想ができて、あまり面白くないという固定概念があったからだと思う。でも、今回の「すべてがFになる」を読んで、その固定概念がひっくり返された。最後まで予想できない展開が続いたからだ。密閉空間で起きた殺人事件に天才少女とその教授が徐々に問題を解決していく様子が写実的に描かれていて、その情景がありありと浮かんできた。
今回は、この物語で印象に残ったセリフを一つだけ紹介したいと思う。
それは、真賀田博士の言っていた「人間は死が怖いのではない。死にいたるまでの生が怖いのだ」という言葉だ。多くの人は死は怖いものとなんとなく思っていると思う。でも実際は、死にいたるまでの痛みや後悔、虚無感などが怖いのだと真賀田博士は言いたかったのだと思う。僕はこの真賀田博士の意見に賛成だ。死んだら何も感じられないのだから、「死」が怖いというのは何となくおかしい。
でも、僕は「死」というものをあまり考えないようにしている。それは突然やってくるものだし、そんなものに頭を悩ませている時間はないと思うからだ。だから「今」を一生懸命生きることが大事だし、「死」についてはいつでもかかってこいくらいの感覚でいいと思う。
話が少しそれたが、今現在の自分の「死」に対する考えをまとめられたので良かった。とにかくこの小説は面白かった。「The Perfect Outsider 有限と微小のパン」という小説もあるらしいので、そっちもいつか読んでみたい。
【小説】コインロッカー・ベイビーズ 村上 龍
出版会社に勤めている人に、この本おもしろいよって言われてこの本を読み始めた。率直な感想をまずいうと、めちゃめちゃ面白かった。高校生にとっては、多少過激な表現や難しい言い回しはあったけれど、次から次へとどんどん読み進めたくなる本だった。
とにかく、キクとハシがすごいかっこよかった。今回は、キクとハシの価値観を自分のに照らし合わせながら、心に残ったシーンを書いていきたいと思う。
「愛するものがないから無気力でいる」というハシの言葉にはとても惹かれたし、自分もそのような状態に陥ることがある。僕はたまに「僕は家族を愛しているのだろうか」「趣味を愛しているのだろうか」「本当に愛しているものなどあるのだろうか」という思考に陥ってしまう時がある。そんな時は何事にもやる気が起きない。ハシの境遇を考えたら、僕の悩みななんてちっぽけなものだけれど、それでも繋がる部分はあると思う。人間の愛する力というのはとてつもなく大きく、僕たちに大きな影響を与えているのかもしれない。
ミスターDが話していた「無関心戦争」について、僕は面白い表現だなと思った。人間は、自分がその物事に対してどれだけ無関心かということを示して、よく分からない意地を張っている。無関心であるということを示す行為が、逆に関心があるということの表れだということに何故気付かないのだろうか。子供がそれをするのはわかるが、大人になってもそのようなくだらないことをしている人がいる。そんな大人にはなりたくない。
ハシがダンボールの中にいる死んだ赤ん坊に対して「弱虫め、僕は、生き返ったんだぞ」という場面は印象的だった。これは特に深い意味もなく、ただただ感動した場面だ。(この感動を言語化しようとしたけど、難しかった。ぜひ読んで感じてほしい)
「自分の欲しいものがわかってないやつは石になればいいんだ。・・・欲しいものが何かわかってないやつは、欲しいものを手に入れることができないだろう?」というハシの言葉が胸に刺さった。自分が何を求めているのか、何をやりたいのかを模索している時にこの本を読んだ。だから、とても印象に残ったのだと思う。確かに、自分が欲しいものが分からなければ、欲しいものは手に入らない。でも、いろいろなことを調べて、経験した結果、欲しいものが見つからなかったらどうすればいいのだろうか。ハシが言うように石になるしかないのだろうか?(笑)僕は最近そのような不安を感じているのだと思う。みんなはいつかは本当にやりたいことは見つかるというが、もしみつからなっかたらどうなるのだろう。そのまま無気力に生きていくしかないのだろうか。まあそれもやってみないとわからないから、これからもいろいろなこと触れていくのだろうけど、本当にやりたいことが見つかるまではこの不安はぬぐえない気がする。。
最後は、キクが言っていた「俺たちはコインロッカー・ベイビーズだ」というセリフ。このシーンはカッケェの一言。今までの物語がここに凝縮されている感じがする。「俺たちは」と複数形にして、ハシも含めている表現が本当に好き。いつまでも兄弟なんだなと思わせる。
ここまでコインロッカー・ベイビーズの中で印象的だった場面をつらつらと書いてきたが、こう振り返ってみると、僕はキクよりもハシに心を動かされていたのだとわかる。キクは肉体的で、ハシは精神的だ。僕ももしかしたら、肉体的なことよりも精神的なことの方が関心があるのかもしれないと思った。このような気づきもあった。
自己啓発本について
今回は自己啓発本について、話していきたいと思う。今まで様々な自己啓発本を読んできた僕が(僕より読んできた人は沢山いる)、自己啓発本のメリット・デメリットを上げながら、自分の考えをまとめていきたい。
まずは、メリットから話す。自己啓発本を読むメリットは、主に二つあると考えている。
一つ目は、有効に使えば様々な実用的な情報をインプットできるということ。今まで成功してきた人の思考や経験を学ぶことで得られるものは計り知れないと思う。僕が日頃から重要視している「他人の失敗から学ぶ」ということも自己啓発本を通してすることができる。犠牲を払わずに失敗を学べるなんて、なんて効率が良いのだろう。
二つ目は、単純にやる気が出てくるということ。自己啓発本を読むと、なんか体の底からエネルギーが湧いてくるような気がする。「成功者はこんな風に物事を考えているんだ」とか「すごい成功した人もやっぱり人間なんだな」とか思って、気持ちが楽になる。この効果はかなり強力で、何かに行き詰った時などに自己啓発本を読むと、気が楽になることがある。
次に、デメリットについて話していきたい。それは、自己啓発本を読んで満足してしまうというケースが多いからということだ。自己啓発本を読むとなんか学んだ気になって、少し自分でも試してみようと思うが大体一週間くらい経てば、読んだ内容を忘れてしまっているということは多々あると思う。こうなってしまうと、もはや読んでないのと同じである。
いかがでしたか?自己啓発本についてはいろんな意見があると思う。例えば、僕の父みたいに定期的に自己啓発本を読んで、思考を成長させているという人もいれば、僕の母みたいに「自己啓発本はエンターテイメントだ」といって嫌う人もいます。
僕はどちらかというと、自己啓発本は好きだ。ただ楽しみながら読むときもあれば、自分の成長のために読むときもある。みんなの意見もコメントで教えて欲しい。
【ビジネス】読書する人だけがたどり着ける場所 齋藤 孝
読書は好きでしているけど、それが自分にどのような影響を与えているかを模索している中出会ったのがこの本。読書の意義と現代の人が読書をするメリットを分かりやすく提示してくれた。
まずこの本の結論を言うと、読書することで「知識」「思考力」「認識力」「深み」がつくということ。これらについて僕が感じたことをシェアしていきたい。
まず、本文には「魅力的な人間」というのは、見た目だけでなく、人間性や「深み」のある人のことだと書いてあった。これは正しいことであると思う。見た目はあまり良くなくても、読書などで人間性に「深み」を持たせて人気がある人はいくらでもいる。でも、このことは高校生である僕には共感しづらい。高校年代では、どうしても見た目が最重要ポイントになってきてしまうと思う。
そして次に、「教養のある人生」と「教養のない人生」どちらがいいか?と筆者は問いかけている。ほとんどの人が「教養のある人生」と答えるにちがいないが、この問いはそんな簡単に片付けられるものではないと思う。結局は僕も「教養のある人生」の方がいいと思うが、その答えに至るまでの思考を少し説明したい。
「井の中の蛙大海を知らず」という言葉は誰もが知っていると思うが、僕はその「井の中の蛙」でい続けることができるなら、それでいいと思っている。外の世界の存在自体に気づかず、狭い世界の中で幸福を感じていれば、それはそれで幸せだ。でも、インターネットなどが広く普及した今の時代では、外の世界に気づかないということはまずない。そのため、人間の知的欲求を満たすには、「教養のある人生」を選ばないと幸福になれないことになる。
ここまで、自分の思考をなるべく正直に話したが、ちゃんと伝わるかが不安。書き方についてアドバイスある方は、コメント待ってます。あと一つだけ思ったことを書きたいと思う。
読書をすることによって、一流の「認識力」を身につけることができる。ここでいう「認識力」とは、「価値観」や「物の見方」と言い換えることもできる。「認識力」が上がると、ある問題に対して多角的な視点を持って対処することができるようになる。一流の人の認識をフィルターと捉えて、それを読書を通して自分に取り込んでいく。そのフィルターを重ねていくことで、自己形成されていく感覚が僕は好き。
いかがでしたか?初めてこのような形で自分の思考をまとめたので、まだまだ至らないところは多々あると思う。なので、アドバイスなどコメントしてくれるとありがたい。今後も、本を読んで自分が思ったことや日々の生活で思ったことなどを掘り下げて考えていこうと思う。